· 

Toy series 2021

形、色、そして姿。

形は十九世紀からのモノ。

色は日常で不意に得た喜び。

この二つをひとつにした姿がToy作品。

 

 この紙版画作品『Toy』は、自分自身の“大好き”を信じてみるところから始まります。

 

 形、つまりモチーフの中心となったのは、19世紀後半から20世紀前半の技術革新が生んだモノたち。急速に便利になる時代を生きた当時の人々が抱えた、新たなテクノロジーへ対するジレンマと、それに対し、エレガンスをもってバランスを保とうとしたことによる、結果としての道具や機械の佇まいに、名状しがたい愛おしさを感じます。

 

 そして色は、日常の中で不意に得た喜びそのもの。例えば、早朝。ほの暗い路地を抜け、眼前に広がる夜明けに浮かぶ東山に心を奪われたり、バナナを求め足を運んだ八百屋の店先に、食べるには早い青いバナナばかりが並ぶも、その美しさについ手を伸ばしてみたり。生活は得てして、想定とその実行の連続になりがちですが、そんな心の隙をつくように、日常に満ちる色が、いつも心を動かします。

 

 いっけんするとバラバラなこの二つ。好きな形と好きな色を、信じて混ぜ合わせてみると、そこに芽生える作品は、好物ばかりをたっぷり食べたような満足感と、自分の独り言を偶然聞かれたような、すこしばかりの恥ずかしさが相まって、見る者がニッコリとしたくなる“姿”となるのかもしれません。さて、難しいことはどうぞここへ置いていき、芽生えた姿たちをニッコリと眺めていただけましたら幸いです。

 

すべての作品のご鑑賞は[こちら]から。

 

《Toy作品の制作ノート》

このシリーズ作品は“紙版画”という手法による版画表現です。まず、形を描いた紙を、各パーツに切り分け、版画の“版”を作ります。そうして出来た紙パーツに、調色した水溶性版画絵具をローラーで塗布します。次に仕上げ用の用紙に対して、絵具の付いたそれらの紙パーツのはじめの一つを、慎重に場所を決め、そっと置いたなら、丁寧にバレンで刷ります。次のパーツを最初の刷りに対して、さらに慎重に隣り合わせ置いたなら、またバレンで刷ります。こうして置いては刷り、刷っては置く…という作業を繰り返しながら、絵柄の完成を目指します。紙を版とすることで、優しい表情の仕上がりとなるのが、この紙版画の特徴ですが、紙ゆえに強度に乏しく、2〜3枚程度の刷りが限界。版どうしのズレや、ちょっとした刷りのミスも含めると、仕上がりコンディションが良いものは、1点あるかないか…つまり版画ではあるものの、たった1点だけの仕上がり、モノタイプ(1/1)ということになります。このようにある意味で報われにくい技法ではありますが、うまくできた時の喜びや、完成した作品の柔らかな佇まいには、挑むだけの動機があるようにいつも感じます。