Room series(ルーム シリーズ)2019
技法:紙版画 / 用紙:GAバガス / サイズ:420×594㎜ / エディション:モノタイプ
この〝Room series 2019〟は、紙版画の技法による作品〝Room series〟の2019年度版です。Room series 2017から、二年の時を経て、作品の源泉は同じでも、それへの感じ方のアングルや深度、それをいかに表現するかというスキルにいたるまで、多くの試行錯誤とともに多少とも変化があったように思います。どのテーマの作品でもそうですが、制作を重ね続けることは、アートというジャンルを越えて、自分の人生に必要な、気づきや学びをもたらしてくれます。ときに表現上の微妙な迷いの最中であったり、ときに技術上立ちはだかる困難と克服のうちであったり。それはまるで、ひょんな拍子に貰えるご褒美のようです。作品づくりを通じて、足りないことや知らないことが〝わかる〟ようになることが、わずかでも違う自分へと〝かわる〟ことだとするなら、作り続けることは、悔しいかな、いつも何かを知らない自分を知り、そんな自分を反省したり、理解したり、克服したりする必要を突きつけられます。そうなるともはや、作品制作と内省の繰り返しが、分かち難いこととして受け入れざるを得ず、ゆえに自分が描く表現からは、それ相応の変化が見て取れることになるわけです。しかし一方で、そんな制作の過程においても、“変わらない何か”もまた、確かにあります。二年前のRoomシリーズ紹介文で、作品の核となる部分を〝ある感慨〟や〝語るのが難しい〟などと煙に巻いた(あるいは言い訳めいた)表現をしておりました。この作品の制作を通じて、他ならぬ僕自身が知りたいと感じている、制作における衝動の正体を、適切な言説で切り分けられない苦悩が、この言葉には、図らずも滲み出ておりました。ただ、この〝ある感慨〟は、見上げた夜空の遠い北極星のように、今もって変わらずあの場所に位置している感覚もあり、その意味では時が止まっているような…しかしながら先述のように、変化しているという点では、絶えず動いているような…ちょっと妙な感覚です。目指す彼方の当て所を脳裏に浮かべ、同時に、自身の繰り返す内省が引き起こす変化を感じるのは、ちょうど歩く旅の道程で向き合う、旅人の心理のようでもあります。歩きながら目的の地を、いつでも見失わないように、霞む向こうに見据えながら歩みを進め、同時に自分の実感だけを頼りに、その“手づかみの経験”が教えてくれる道(もしくは未知)とも向き合う。いかにも手探りで、効率が悪い話ですが、この野暮ったいような繰り返しにこそ、地味ながらも、作品づくりの醍醐味があるように思います。以前のRoomシリーズの紹介文では、〝語り得ない何か〟といたしておりましたが、二年分の変化を経て、ようやく少しだけ見えてきたことがあります。それをあえて言葉でスケッチするなら、『私たちが素直に愛せる、こころが本当に静かだと感じられる場所』への感慨です。そして、その場にたたずみ、深く身を沈めたときに味わう、心のありようでもあります。例えば、部屋にたゆたう、西日であたためられた空気の香り。誰もいない窓辺で、人知れず舞うホコリが見せてくれる、昼下がりの陽射し。ふっと目覚めた夜半のしずけさの中、近くて遠くに感じる時計の音色。これは、決して寂しさや悲しさといった心情を連想させる情景ではない、自分ひとりと、この世界の間にだけ生じる特別な感慨。なのにそれを得るには、特別なことは何一つ必要がない。少しばかり心の感度を調整すれば、だれもが実感できるという点では、紛れもなく豊かなことであり、だれにでも訪れる幸運のようだとも言えます。さて、かつては、歩き出したものの、かすむゴールの地を指さして、あれを語るのが難しい、などとズルをしていたわけですが、二年の歳月を経て、あの道からこの道へ、道程が少しだけでも変化を遂げたようです。この道を踏みしめながら、かすみの向こうに垣間見えた、この『私たちが素直に愛せる、こころが本当に静かだと感じられる場所』というヒントを頼りに、もうしばし、旅を続けてみたいと思っております。来年は作品タイトルが変わりそうだなぁ…などと予感を抱きつつ。
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