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バックの中(前編)

 その中には、一体、何が入っているか…。

 

 人様のバックの中身というのは、なぜか、不思議な興味をひくようで、仕事で長らく手がけさせてもらっている雑誌でも、安定の人気を誇る企画ページに「バックの中身」というのがあります。

 普段は決して覗いてはいけない…でもあの人はどんなものを持っているのかしら…というように、欲求とタブーの絶妙な加減が、人気の秘訣のようです。

 考えてもみれば、バックであれ、自宅や自室であれ、自分の意のままにできる領域というのは、自己表現もしくは自己投影の場であるとも言え、と同時に、そこは普段、表立たない場でもありますから、その人の素(す)の何かが投影されているはずだ、という妙な確信が芽生えます。

 つまり、バックの中身を知ることは、持ち主の、飾らない本当の感性や知恵、リアルな立場や人柄までも分かる、と思われるわけですね。

 

 さて、そこで思い出すのが、かつての自分のバックの中身。そのことにまつわる、あるエピソードを振り返ると、むぅぅ…、考え込んでしまいます。

 

 それは独立前のお話ですから、随分昔のことです。

 当時勤めていた会社で、営業担当者と僕、そして僕には、入社したばかりの新人の後輩がひとり付き、仕事の打ち合わせで、クライアント先にお邪魔しました。

 お互いに初めましてのメンバーばかりで、やや緊張気味の空気のなか、名刺交換タイムです。

 当時の僕にとって、できたばかりの後輩が、仕事の場で同席するのは初めてでしたから、気合が入ります。社会人の先輩として、相手様にはスマートに名刺をお渡ししている、自分の姿をイメージでいたところ、あれれ、名刺ケースが見当たらない…。

 バックの中をまさぐる手は、今すぐ必要なそれを、なかなか見つけられないのです。

 そのあいだも、お相手は、すでに自身の名刺を両手に差し出し、空中で待機中。上半身をこちらに傾け、絵に描いたような“正しい姿勢”は、まるでよく訓練された武術の達人のように見えてきます。そんな相手を前に、取りたい間合いを失った僕は、にわかに追い込まれ、自分のバックを覗き込みながら、無意識に、こんな風につぶやいたそうです。

 

“お菓子と、おもちゃしか入ってないな…”と。

 

 周囲には聞こえないような、とっさのつぶやきを聞き逃さなかった(聞こえてきちゃった?)のが、となりにいた新人の後輩でした(トホホ)。

 その後、その新人は、手本にならない僕をサポートすることで(笑)、ひとり逞しく成長を遂げ、やがて妻となってくれました。月日は流れ、僕たちは会社を独立、いまでは立派な僕の上司?!(笑)となっているわけですが、この格好の悪い出来事は、思い出の笑い話となっております。

 

 さて、会社を独立してからの、僕のバックとその中身はどうなのか。

 4種のカバンをTPOに応じて使い分け、バックの中には、当時はまだなかった電子デバイス、それに、仕事で必要な、機能性とデザイン性を求めた、必要最低限のアイテムが入っています。もちろん名刺も忘れずに…。

 持ち物のスリム&スマート化のおかげで、何かを探す度に、バックの中で手が彷徨うこともなくなり、また、中身が厳選されることで、バック自体がスリムになったのです。

 そんな自分なりのスタイルを、長らく維持していたことを思うと、あの出来事以来、少しは“大人”になった、ということでしょうか。

 

 …と、ここで綺麗にしめくくれないのが、このお話です。

 

 あれは、会社の独立後、そんな自分なりのスタイルを得て、しばらく経ってからだったでしょうか。

 とある撮影現場で、モデルに赤ちゃんを招いた時のことです。赤ちゃんを連れてきてくださった、若いお母さんが、我が子の笑顔を誘導するべく、自ら持ち込んだ、沢山のおもちゃを準備しているかたわらで、僕はこう話しかけたのです。

「お荷物が沢山で、お越しいただくのが大変でしたね…。」

 すると、手際よく手を動かしつつも、ほほみながらこう教えてくれました。

「出かける際には、オムツの替えや哺乳瓶、それから、ちょっとしたお菓子やおもちゃなども必要で、いろんな事態に備えると、普段から持ち歩くものが多くなるので、いつの間にか、このくらいは慣れてしまってますね(笑)。」と。

 撮影の出番までの間、そんな、とりとめもない会話をしていると、いよいよ出番です!と呼ばれたお母さんは、そっと赤ちゃんを抱いて、撮影セットに向かいました。

 

 そして、そこにポツンと残された、お母さんの大きめのバック(通称ママバック)を、なんとなく見つめていたとき、驚愕の事実に、気が付いたのです。

 

 そのバックが、どうも妻のバックと、よ〜く似ている…という事実に(笑)。

 

 先ほど、少しは“大人”になった、などと(ちょっと偉そうに)語りましたが、本当にごめんなさい、あくまで自称…ということになります。