A BOOK 〜しずかな こえ〜

絵・文 成澤豪

上製本(背を布クロスとした継表紙、表紙タイトル箔押加工、A4サイズ横、見返し、別丁)/オフセットカラー印刷/全32ページ)

この“A BOOK”は、当サイト“Works & Words”から生まれたアートブックです。このサイトで発表してきた作品の表現方法、モチーフ、世界観を活かしながらも、新しいテーマに取り組んだ“一冊の作品”です。絵と言葉(物語や詩)を組み合わせ、“絵本のように”進行する表現スタイルを採用することで、優しく穏やかに、そしてわかりやすく、創作におけるテーマやインスピレーションを沢山の方々と共有できたらと願って制作いたしました。

さて、このたび完成した本では、紙版画によるRoomシリーズの表現スタイルを採用し、“しずかな こえ”というテーマで制作した新たな紙版画作品群を原画とし、短くシンプルなストーリーが、紙面の余白を介して呼応し合いながら進行していきます。A4サイズというやや大きめの判型は、原画を原寸サイズで感じてもらうため。上製本の体裁としたのは、末長く大切にしてもらいたいという、想いの佇まいであるだけではなく、手の中で、いつでも何度でも、眺めてもらうための堅牢さが欲しいゆえに。ストーリーは、和文をメインとした英文とのバイリンガルにし、ともに主要書体は、作品の世界観を邪魔せぬよう配慮したオリジナル書体を作成。さらには製版、印刷、製本、翻訳…この作品を生み出すために、多くの専門家や職人にお力添えをいただきました。第二、第三の“A BOOK”シリーズを夢見つつ、皆様に心から感謝申し上げます。なお、この“A BOOK〜しずかな こえ〜”は当サイト内に新設いたしました、SHOPページからオンラインにてご購入いただけます。ご希望の方はそちらをご覧ください。


Friends series(フレンズ シリーズ)2018

技法:紙版画 / 用紙:ファブリアーノ / サイズ:297×420㎜ / エディション:モノタイプ

無類の動物好きかと問われれば、そこまではないと思います。でも図鑑であれ、実物であれ、ひと目見て気になると、今はインターネットでさらに詳しく知ることもできますから、しばし観察を止められなくなります。特徴的な姿形、動き方、鳴き声や生息地など、対象となる動物の“情報”を知るほどに、興味が尽ません。しかし尽きないというのは満たされないということ…。あるとき、この興味の“正体”を考えていると、そうかこれか! と気づいたことがありました。それは動物たちの“眼差し”です。大自然の厳しさを物語る、命がけで獲物を狙うときの眼差し…などと言いたいところですが、とりわけ興味の根幹にあるのが、普段のなんということもない時の眼差しなのです。日陰でひと休みしているライオンが、見るともなしに遠くを眺める眼差し。水を求めて乾いた大地を黙々と歩き続ける象が、すれ違う鳥を一瞥するときの、無関心が漂う眼差し。そんな瞬間を見つけると、種を越えて人にも通じる“普通という心境”を垣間見るのです。それは条件反射的であったり、生理反応的であったり、ある拍子に眼差しから垣間見られる“日常の心の姿”。その瞬間を見つけると、不思議な共感と安心感を覚えるのです。特に驚くのが、母親が子へ向ける眼差し。アメリカバイソンなどは、その争う姿は狂気そのものです。目が血走り、泡を吹きながら、ぶつかり合うのですから、そんなところに“動物が好きです”とお邪魔しても、友好関係は結べそうにありません。しかし、母と子のひとときともなれば事態は一変します。母親の眼差しには、透明な理性と深い慈愛が宿り、今なら話しかけても大丈夫そうだと思えてしまうのですから不思議です。それは電車の中で出会う、眠る我が子を見つめる、お母さんと同じ眼差し。こういうことは生命の摂理だと理解はしても、やはり野生にその眼差しを見つけると、とっても得した気分になり、嬉しさで手のひらや、ほっぺたが熱くなるのです。さて、そうなると、いよいよ作品制作への機が熟します。本や画面をパタリと閉じ、用意した紙に下書きをせず(つまり細かいことはこだわらず)、自分の中にある印象だけを頼りに、ハサミで一気にその姿を切り出します。それを版にして、一枚づつ刷り上げた、素朴なモノトーンの生きものたちは、自分を含めた、周りにいるだれかと、どこか似ているからおかしいものです。自分と同時代を生きる、互いに与えられた日常を正直に生きる、そんな眼差しを前にしてしまうと、出来た作品はどうしても“Animals”とは言えず、“Friends”となるわけです。


Nuance series(ニュアンス シリーズ)2018

技法:水性顔料ペンによる彩色 / 用紙:ヴァンヌーヴォー / サイズ:420×594㎜

初夏の黄昏どき。夕飯を外で済ませ、夫婦連れ立ち、歩いて家路につく道すがら、ビルの間合いにのぞむ、空の美しさに目を奪われました。夕方から夜へ向かって刻々とうつろう空。東には、これから大気を覆い尽くすであろう、夜の匂いを暗示するような深くて濃い青。西には、すでに太陽は彼方に沈んでもなお残る、翠色を帯びたような浅い黄。夜の空の神秘的な美しさに目眩を覚える一方で、かすかに残る昼の残光に、太陽の背中を感じ心がさわめきます。こんな狭間の刻は瞬く間に過ぎ去るので、その美しさの秘密を少しでも記憶したいと感じます。歩み運びがおろそかになりながら、必死になって空の変化を見つめ尽くそうとするのですが、高妙なマジシャンの華麗な技にでも欺かれたように、理性と自覚の網の目をすり抜けてしまうのがおちです。地球を外から見おろした宇宙飛行士たちが、足がすくむような美しさに人生感を一変させるといいますが、地球はこうして内から見あげても、その美しさに足元を見失いそうになります。ではこの〝美しい〟という体験の正体はなんなのでしょうか。とはいえ、答えはどうも簡単ではなさそうですが、それでも自分なりに見い出した、ささやかな手応えが、このNuance(ニュアンス)という作品シリーズに表現したものです。この作品シリーズで描き捉えたいのは〝差違〟の力。大空を舞台にした、昼と夜という巨大な差違だけではなく、和紙に落とされた、墨の淡いと滲みにあるような、小さくて微かな差違。それは色や造形に止まらず、無償の愛を約束しあう親と子の差違や、和歌や小説など言葉をめぐる語り手と聞き手にある差違など、差異からなる状況や状態は、日常に実はたくさんあることに気づきます。この世の中のあらゆる物事は広義での〝違い〟でできているとするなら、この差違が、調和や均衡へ向かおうとする時、手を取り合い、抱きしめ合い、異なるものどうしが互いの差を埋めようと、つまり繋がろうとするときに生じる〝事象の戸惑い〟にこそ、私たちが〝美しい〟と感じることの本質と、そのチャンスが潜んでいるように思えるのです。このNuanceシリーズでは、各作品ごとのモチーフやテーマに対して、具象と抽象の違いを不確定に移ろいながら、水性顔料ペンでひたすら地道に薄塗りを繰り返します。塗りむらを幾重いにも重ねながら、徐々にイメージする色と質感を、紙面に呼び起こしていくような作業によって、平面的で単色のように見える中に、器の釉薬のような不思議な透明感と奥行きを感じる作品です。


Room seriesルーム シリーズ2017

技法:紙版画 / 用紙:シリウス / サイズ:297×420㎜ / エディション:モノタイプ

このシリーズは、語るのがどうも難しいのです。例えば、明け方まだ青白い光の時間に、ふっと目が覚めて、ベッドから抜け出し、ダイニングテーブルの上の、飲み残しのグラスに目がとまります。昨夜使って無造作に置かれたグラス。いつもの場所での、自らの所業にもかかわらず、グッと心を掴まれるその場面の美しさは、まるで他人事のような戸惑いを伴う、気づきのようでもあります。テーブル上のグラスは、たんに静物画を語る際の、構図、時間、光、空間、質感などの要素だけで割り切れない、何かがあるようです。その謎を抱えながら生活をしていると、ある時ふっと思い当たることがありました。それは自分の中の“ほどよい隙”です。降り注ぐ真昼の光に打たれながら、ゆっくりと階段を登るとき。普段は交通量の多い大通りが、何かの拍子に、ほんの一瞬だけ静まり返ったとき。食事中、大きなお皿の上に最後のひとくちが色鮮やかに残っているとき。この一瞬に、まるで昔の立派なオルゴールの音色を奏でるパンチカードの穴のように、自分の中の“ほどよい隙”が、意識の小さな穴となってスクロールされ、これらのシーンやエピソードが、小さな穴から瞬時に流れ込むのです。ほんの一瞬だから、気づかないかもしれません。あまりにも日常的すぎて、すぐに慣れてしまうかもしれません。しかし、たしかに言えることは、この“ほどよい隙”さえあれば日々の中で、美への感慨が得られそうだということです。このRoomシリーズは、床、壁、階段、窓、扉などで縁取った“架空の空間”です。描かれた空間を満たす光や壁などの質感は、紙版画による特有のかすれや濃淡のニュアンスで表現しております。自分の中の“ほどよい隙”が、ほんの微かにもたらしてくれた美への感慨を、過ぎ去る前に留め描いたのがこのRoomシリーズ。一見するとなにもないような部屋に満ちた、“なにか”が伝われば嬉しい限りなのですが、このシリーズは、やっぱり語るのが難しいですね。ここで掲載した10作品中、3作品(#02、#06、#08)は、2018年2月3日~2月18日に青森県立美術館にて開催展示されました「AOMORIトリエンナーレ2017 Classical部門 棟方志功国際版画大賞」の入選作品となります。


Toy series(トイ シリーズ2017

技法:紙版画 / 用紙:和紙(雁皮) / サイズ:297×420㎜ / エディション:モノタイプ

幼い頃、いったん積み木やブロック遊びを始めると、おやつもテレビもそっちのけで、その手を止めることができないほどのめり込みました。空想の世界とそこで繰り広げられる荒唐無稽な物語には、飛行機、汽車、ロボット、宇宙船、レーシングカーや美しい楽器など、ありとあらゆる〝大好き〟が登場します。めくるめく空想世界の変化変容に呼応しながらも、脈絡を追いかけることがほとんどできないようなスピードで、手にした積み木やブロックが、次々とその空想の世界を映し出してくれました。この紙版による版画作品“Toy”シリーズは、そんな自分の〝大好き〟という衝動と純粋に向き合い、シンプルでピュアな形として取り出した作品です。19世紀後半から20世紀前半の技術革新が生んだ、道具や機械の佇まいに感じるエレガンスや、現代を生きる私が日常で得た、名状しがたい色彩の感動など、私の〝大好き〟を旗印に、ひとパーツごと、コツコツ積み木を組み上げるようにして、刷り上げた作品群です。版画とはいえ、紙を使った版の場合、その強度が弱く、せいぜい刷れても5枚ほど。その中でもコンディションが良いものは1点あれば良いといった具合ですから、エディションは全て1/1(つまりモノタイプ)となっております。妙に手間ばかりかかるわりには、仕上がりに報われにくい手法ですが、そのかわり、創っているあいだは、深く空想の世界に遊べるので、手が止まらないのでしょう。ここに掲載した作品はすべて、カッシーナ・イクスシー青山本店内2階のアートギャラリー“ARTE ANELLO(アルテ・アネッロ)”にて、2017年11月16日から12月27日まで期間展示販売されました。現在は作品の一部を、同社サイトのSHOPS > ONLINE STORE > インテリアアクセサリー > アート・オブジェ のページにて、GIFT BOX SET(シート5枚組1セットを2セット限定でカッシーナ・イクスシーオリジナルパッケージ入り)と、額付き単体作品として販売いたしております。


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